ヨコハマ創造不動産

「芸術不動産」という言葉の生みの親の一人、建築家佐々木龍郎さんが、不動産を切り口に、まちとクリエイティブとの関係を紹介していきます。

vol.5 今年の夏は暑かった。―「ヨコハマハーバーシティスタディーズ」を振り返る

横浜の港湾エリアの50年後を考えるワークショップ「ヨコハマハーバーシティスタディーズ」。先頃、そのワークショップのまとめの会議が開催され、4つのチームが、それぞれに、海とまちとの関係を捉え直すプランを発表。それは、なかなか刺激的なものだった。


今年の夏は暑かった。


20kg身軽になった身体で挑んだ真夏のワークショップ「ヨコハマハーバーシティースタディーズ」。
30人強の学生と10人強のチューターが、2週間で、横浜の4つの港湾エリアの50年後を描き出していく。陸から一番遠い場所。東京ほどではないけれど、横浜の海も決して街から近くない。特に横浜駅から東京寄りの京浜臨海部と言われる工業地域は、横浜市民でもそんなに馴染みはないと思う。横浜にキャンパスがある学生も、チューターの建築家やランドスケープデザイナーたちにとっても、その最初の炎天下でのフィールドワーク自体が異質な体験だったに違いない。

僕はというと、2004年から2006年にかけての「京浜臨海部再生アクションスタディ」、そして、2007年から今も継続している「海都(うみのみやこ)横浜構想2059」、と足掛け6年取り組んできたせいもあって、そのあたりは、かなり馴染みの場所になっていたのだけれど、他の新しい目線による取り組みはなかなか刺激的だった。



その真夏のワークショップのまとめとなる公開会議が、空が真っ青な12月11日の午後に、北仲ブリックで催された。「R&D」という言葉を聞いたことがあると思う。リズム&ブルースではなくてリサーチ&ディベロップメント。この国では、通常は、「ディベロップメントして、はいお終い」でリセットして、次の年はまたゼロから、というのが定番なんだけど、そうではなくて「&C(=クリティック)」しましょうよ、というのが当初の目的。でも肝心の学生たちは、他のカリキュラムが重なってほとんど来ないし、チューターたちは年齢のせいか思い出すのに時間がかかったりして、スリリングなクリティックは展開できなかったんだけど、個人的には密度の高い思考の時間だった。

Aチーム:新子安駅から海沿いのエリア

Aチームは、JR新子安駅から高速を超えて海沿いのエリア。既に生産施設からの用途転用が進んでいて、マツダや日亜科学(青色発光ダイオード)などの研究所が立地している。でもその駅側は漁村のままだし、海側には、金属関係の企業の広大な40haの土地が広がっている。学生たちの提案は、100m幅の中心軸をつくり、そこに緑の軸として再生された、魅力的な曲線を描きながら敷地の隅々まで行き渡る貨物線路を組み合わせるというもの。

僕は、貨物線の形を動線として、その周辺から少しずつ用途を転換していき、一方で、四周を囲む運河からも用途を転換していくことにより、このエリアでしかできない新しい環境共生の街ができると思った。最初から全部つくるのではなく、開発の総量を調整しながら、50年ぐらいかけて完成させるイメージ。おそらくエリアには中心軸の必然がない…。もう一度考えてみよう、Aチーム。

Bチーム:瑞穂ふ頭から中央市場にかけて

Bチームは僕が見ていたチーム。敷地は、簡単に言えば、JR東神奈川駅を海側に進んだエリアで、米軍保有の瑞穂ふ頭から中央市場にかけてのゾーン。下水処理施設あり、ゴルフ練習場などの低利用地あり、住宅地あり、貨物線路&駅あり、市場ありと20世紀の都市を象徴するような雑多なパッチワークぶり。ここでは、そのパッチワークを否定せずに、「リパッチ」というテーマで、個々の要素を先鋭化することで新しい可能性を見いだそうとという試み。

このチームは、チューター=大人が本気で頭と手を動かしたので、なかなか完成度が高い。特に、一緒にチューターをしていた、石川初さんというランドスケープデザイナー(なんて職能で括るのはもったいない逸材なんだけど)が、「丘陵に目を向けろ」と言ったことがすべてのはじまり。横浜の海を、その直近に迫る丘陵地の水系の集合としてとらえる視点。だから、例えば、流域の住宅地の排水を下水処理から浄化槽処理に切り替えて、その水を河川に放流することにより流量を増して砂を押し出し、港湾地域に新しい砂州をつくりだし、そこに多様な生物と共存する住宅地をつくり出す、という提案ができてきた。僕なんかはとても思いつかない。最初は「石川さん描き過ぎだよ!」と思ったけど、途中から、「学校の課題じゃないんだから、大人もどんどんやりましょう!」と僕も愉しかった。

中央市場の開放とか(海外のマーケットプレイスみたいに愉しく!)、貨物線の貨客両用化とか、瑞穂ふ頭の返還とか、超高層マンションの立体農園へのコンバージョンとか、いろいろ盛り込まれていて… 良かったぞ、Bチーム。

Cチーム:横浜駅の未来

Cチームが考えるのは横浜駅の未来。確かに今、横浜駅で降りてもすぐ近くまで港がきているなんて誰も思わない。その意味ではテーマは本来は明解なはずなんだけど、みんな苦戦していた。

僕は、現在の横浜駅を、異様に肥大した巨大な一つのSC(ショッピングセンター)と認識した上で、それを徹底的に高機能化する過程で港を取り込む未来と、徹底的に商業を排して、港から駅舎が見える、欧米のターミナルのような様相を呈する未来と、大きく二つの道があって、いずれかを選択することになるのだと思っていたんだけど…。

そごうを壊してみたり、新しい屋台村をつくってみたり、どっちつかずの印象だった。このあたりは、チューターが力技で舵を切っても良かったかなと思った。これからも考え続けて欲しいね、Cチーム。

Dチーム:みなとみらい新港ふ頭周辺

みなとみらいの新港ふ頭を周辺を敷地に選んだDチーム。チューターが若手建築家3人という偏った編成だったんだけど、一番伸び伸びやっていた。全体を水路により細かい島に分節した「群島」という絵姿は最初、「えー?」と思ったけど、それを前提として受け入れた時に、そこにどのような建築をつくって、そこでどのような生活が繰り拡げられるのか、考えてみることには可能性を感じる。でもそこまで行きつけなかったのが残念。

公開会議の中で、チューターの一人、建築家の三浦丈典さんが「ベネツィアとモルディブの中間のスケール感を狙った」という話が興味深くて、海と人、海と生活との関係に迫れる話題だな、と思ってたら、会議は時間切れ… 建築の提案まで行って欲しかったぞ、Dチーム。

海をいかに捉えるのか
―海の「文化的価値」を50年かけて育てよう

と、全体で三時間半を超える公開会議だったんだけど、ここ数年の港湾再生に関する取り組みを含めて、「海をいかに捉えるのか」という議論が不足していることを改めて実感した。昨年初夏の、「海都横浜構想2059」の取りまとめの後に、故北沢猛さんと「文化の話、足りてないから、誰か呼んで議論しよう」と話をしていたのだが。



海の「物理的価値」を考えるのは難しくない。水質改善とかそこで活動する生物の多様性とか。
海の「機能的価値」を考えるのも難しくない。水質が良く魚が育つ海には近海漁業が発生し、工業化に伴い臨海埋立地に急速に生産施設が林立し、生産されたものは船で運ばれていく。あるいは、つい最近、Bチームが手掛けた中央市場のすぐ脇にできた超高層マンション。売却時の瞬間貨幣価値を最大化するために、海が景色として消費されていく。


だけど、この二つの価値だけで、50年先を考えると行き詰まると思う。自然の海なら、物理的価値優先でも良いと思うけど、ここは都市の真ん中。人間は排除できない。だからこそ、その人間を中心に置いて、海や水面の「文化的価値」を考えていかなければならない。このことは、今までこの連載で話をしてきた街づくりや建築、街を使い倒す話と、根はまったく同じ。「物理的価値」や「機能的価値」も大切だけど、50年かけて育てるべきは「文化的価値」。そしてそれを「経済価値」に結びつけることがこの国では肝要。そうしないといつまでたっても絵に描いた餅でしかない。
文化と経済、どちらが先でもよい。
でもどちらが欠けてもダメなんだ。

ということで次回は早くも最終回。
未来につながる創造不動産の定義をきちんとしていきたいと思っています。
著者プロフィール

佐々木龍郎[ささき たつろう](建築家)

1964年東京生まれ。東京都立大学(現首都大学東京)博士課程満期退学後デザインスタジオ建築設計室を経て株式会社佐々木設計事務所。
神奈川大学、京都造形芸術大学、東海大学、東京電機大学、横浜商科大学非常勤講師。横浜市立大学客員研究員。
千代田区景観アドバイザー。横濱まちづくり倶楽部理事。本町ビルシゴカイ住民。
横浜では最近では芸術不動産、海港横浜構想2059などに携わっている。


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