

今回は、横浜を中心に、ボランティアであるサポートメンバーとミュージシャンの活動の場を創り、音楽で人と街を繋ぐイベントの企画運営を行っている、NPO法人ARCSHIP(アークシップ)代表の長谷川篤司さんにお話を伺います。
【目次】アークシップ設立への道のり|アークシップの特徴|
ヨコハマの音楽シーン|アークシップ100人計画
アークシップ設立への道のり
Q. まず、NPO法人アークシップはどんな活動をなさっているのですか?
「音楽で、この街とあの人を、もっとハッピーにしたい。」というスローガンで活動しています。僕たちは、「音楽の力を信じている」というのが前提としてあります。一方で、現代社会ではリアルなコミュニケーションの場を人は求めているのではないかと。じゃあ音楽の力を使って、イベントを通してリアルコミュニケーションの場を作っていって、街を元気にしていこう、というのがアークシップの理念です。
具体的には、アークシップメンバーが自分たちで企画・制作する自主事業と、各市町村の自治体や民間企業と一緒に企画・制作する協働事業の2種類があります。イベントは基本的にアマチュアミュージシャンが参加できる音楽イベントが中心です。
自主事業は、「Yokohama HOOOD!!(ヨコハマフッド)」というバンドコンテストや、社会人バンドのためのイベントである「おとバン」などですね。協働事業としては、伊勢佐木町などでのストリートライブイベント「横浜音楽空間」や年代・国籍・ハンディキャップも超えたごちゃまぜな音楽祭「ホッチポッチミュージックフェスティバル」などをやっています。
横浜音楽空間(伊勢佐木町)
いずれにしても、ただ音楽イベントをやるのではなく、どうしたらそこにコミュニケーションが生まれるかということを常に考えながらイベントを創っているというのが、僕たちアークシップです。
Q. 設立して、どれくらいですか?
もうすぐ丸8年です。
Q. 長いですね。どういうきっかけでNPOを立ち上げることになったんですか?
僕自身がプロになりたくて、バンドをやっていたんです。でもぜんぜん売れなくて(笑)。バンド活動中は、楽器屋に勤めていたのですが、平日の昼間ってサラリーマンの方が結構顔を出すんですよ。そこで、「やっぱりクラプトンは良いよね」とか、「このアンプの特徴はどうだ」とか、商売抜きの会話をするようになって。そうやって、僕にとっては初めて社会人の方と接する機会ができたんです。
そんなお客さんの一人が、ローリングストーンズのコピーバンドをやっていて「ギターがいないから入ってくれない?」って誘われたんです。せっかくだからと参加させて頂くことしました。そしたら、月曜から金曜まで働いて、土日にバンドをやっている社会人の皆さんって、すごく楽しそうに演奏してるんですよ。その頃の僕は、自分のバンドをやっていても全然楽しくなかった。だからびっくりで。目からうろこが落ちる感じで、「バンドってこういう楽しさがあったんだよな、音楽ってやっぱり力があるんだな」って思ったんです。それで、社会人バンドの人たちってなかなかライブはできないから、社会人バンドが集まるイベ ントがあればいいんじゃないかなと思って始めたのが「おとバン」です。2001年の7月に、新横浜の「ベルズ」というライブハウスで第1回をやりました。
ちょうど同じ頃、神奈川県にあった劇場を若者に開放しようという動きがあったんです。僕は、「おとバン」を通して、プロになる、ならないが関係ない音楽活動って良いものだなと思っていたから、バンドコンテストでもそれが出来たら面白いんじゃないかなって、素人ながらに企画書を書いて提出したら、なんと採用された!それで、補助金をいただいて始まったのが、「Yokohama HOOOD!!」(ヨコハマフッド)という音楽コンテストイベントです。2002年に1回目を開催して、今年で10回目になります。
当時はライブハウスでイベントをやる程度で、知識も全くなかったんですが、素人ながら皆でイベントを作りあげて、なんとか1回目が開催できた。で、それがとてもよかった。そしたら当時の担当者が、僕たちのような活動主体がまさにNPOだから、NPO法人化したらどうかと勧めてくれたんです。もし活動を続けていくなら法人化して、きちんとやっていく手もあるよって教えてもらって。当時、ちょうど市民協働が言われ始めたころでした。僕は、その頃には プロミュージシャンになるのは諦めていましたから、じゃあこっちの道に進んで頑張ってみるかと。それで、2002年12月にNPO法人アークシップを設立 しました。
Q. そのときに、なぜ“会社”ではなく、NPOの形を選ばれたんですか?
僕以外の仲間はみんな社会人で仕事をもっていたから、ボランティアで参加してくれていました。僕1人だけがフルに働ける状態だったので、事務局業務をやっていました。この形が、たまたまNPO法人の活動スタイルそのものだったんです。
当時は「公益性」とか正直全然分かっていませんでしたが、やりたかったことは「プロデビューを応援する」ことではなく、市民のための音楽の場創りでしたから。
活動スタイルも目的もNPOに合っていたので、自然な流れでNPO法人の形を選ぶことになりました。
Q. 設立して、最初はどのようなことをなさっていたんですか?
そうですね、最初のころは、まだ先ほどお話した「Yokohama HOOOD!!」だけでしたから、新聞で「ストリートミュージシャンを支援すべきだ」ってことを議会で話した人がいると知ったらその人にアポを とって会いに行ったり、ライブハウスやメディアの方と会っていろいろ話をしたりなど、地道に動き回っていましたね。
たまたまその頃に、川崎市が「音楽のまち・かわさき」をスタートさせたんです。当時は音楽のNPOなんて他にありませんでしたから、一緒にイベント創りをさせていただくことになって、2つ目の事業が生まれて。それを実績に、県内の市町村にお伺いし、企画提案を繰り返していました。そうして、3、4年 たったころ、播いた種が花開いたというんでしょうか、どんどんいろんなことが事業化できました。